2013年1月5日土曜日

きやらぼく2012/12


◇山本弘美
六角の結晶吹きつけてきた白い口笛
手袋なくしたことにして長い坂道
少し化けて女は喪の帯を締め
冬空のどこで轟く狂った調律
雪のピアニシモ神がタクト震わせる

◇山崎文榮
月光仄白く手袋を意識して別れる
一個の睡眠薬に溶解していく私
ひょいと過疎の野良猫が月の凍てつく
銀杏二三枚葉を残し冬の初荷とする
紅葉車から眺め雨の向こうの狐たち

◇藤田踏青
夢の中で夢を食べていたニンフ
神は不在の かの漬物桶
西陽に晒されている乾物屋と中肉中背
すんでの処で手をついた降神術
単線で行く 薄れた愛憎

◇谷田越子
水面に座った夕陽が時を止める
月の青い孤独が照らす冬の一本道
あふれる想いで閉まらない私の抽斗
抗う時間縫い合わせ師走を迎える
陽射し占領して午後の猫のまるい時間

◇後谷五十鈴
プラトニックな空は冬の彩を探す
荒海の風が廻す風車は冬の翳
鈍色の陽芒野は風の形に枯れる
風切る音乱れ霜夜の寂しさ続く
崩れそうな心持て余す冬への序奏

◇三好利幸
夕暮うつろう汗ばむ十円玉
記憶は棚に風と化す屍は猫
木立梢もぽつねんと風に仔鴉
かなたまでは届かず窓さする風
かさり音するそこはかとなく夜

◇幾代良枝
雨は雪の花びらに夜の物語りが始まる
刺草の野に泣き続ける少女を抱き上げる
スーパーのBGMが拓郎で夕方の魚売り場
これで人生終えるには鉢植えの紅いばら
報道されないシュプレヒコール人から人に

◇天野博之
空白ぬりつぶす色をさがし今日初七日
星が流れまた一人冥界の闇へ手を振る
轟音一気に色奪い少女の透明な墓碑銘
幼虫がさなぎになれた冬来てもいいよ
無ければ無いで清貧の博打打ち

◇阿川花子
一夜シベリヤへ迂回した夢の道程
一粒に託し行き着く処が明日です
名を呼ばれる幻聴友のあの声この声
手旗の日の丸標準より小さい落書き
密漁の足音が消えた風の裏側

◇前田佐知子
一日が終ったあったかいふとんに入る
木枯 悪いものみんな持っていっておくれ
烏がカラスを呼び毎日来ている畠

きやらぼく2012/11


◇岡崎守弘
曼珠沙華ひとつ離れて孤を楽しむ
透きとおった空へ孤独の秋アカネ
肌寒を感じつつデイサービスのバスに乗る
生あくびして午後の散歩から戻る
秋深くそっと脳神経外科の受診票を出す

◇藤田踏青
人波に疲れ息を片寄せる
頭蓋骨の郵便受けにコツンと病歴
銃声 犬にも思想があるか
バス停で奪いあう影の突起
風も病みほうけ寡黙な静脈

◇広瀬千里
そばに来てそっと月あかり呟く
打つ音激しく夜の破天荒
朝日と併走たどりつけ不思議へ
落葉風に踊ってもう夢中
こっちを向いて秋をいっぷくさあどうぞ

◇山崎文榮
家の累積に陽が廻り今年も歳が行く
衣替おくれにおくれ腰の疲れに陽をながめ
海が太陽を沈める橙色な波の望郷
詩集の頁から蝶のはばたきそうな朝
枝に雲が葉は離れるときを考える

◇山本弘美
それだけで変われる口紅ひと筆
虫ほそぼそと集(すだ)き男が皿を洗う音
指と心は共振し鍵盤叩きつける音
墨がかすれてまた言葉が見つからない
半衿はずして一度きりの逢瀬はお終い

◇後谷五十鈴
忙しく繰返す日を今日は雨の匂いする
秋の青い空仰ぎ残りの刻はいつまで
華やいだ秋の陽に一筋の道往くか
一滴の目薬に潤い終日べっ甲色な陽
歳の所為と思うも未だ熱く滾るもの

◇三好利幸
指に刺あり昨日の切屑拾う
刃先の滴り視線遙かに貫き
父の据えた庭石の地との隙間に
山の果てとて海の香り来る
天よりひとつ文字降るあたたか

◇阿川花子
あの曲り角で月に隠れたような影
蚊取りマット剽軽な転がり留守の部屋
もう満点の星が見えないのを言う老達
幼く覚えた一番星、北斗、明けの星、港の空
草師から信濃句人の訃が号外の如く遠い日

◇前田佐知子
小さな庭に石蕗せい一ぱい咲き降っている
ハイと言う返事はいつも空返事です
釜のスイッチが煮えてきた新い米の匂い
薬を必要とせず新しい米に生きる
かぶり手拭は母の匂いで今も生きている

天野博之
すっぽり脱いだ昨日を着る
油絵の少女が二つの胸像を祖父と父です
足早な夕暮れに翳る応接間のレリーフ
コスモスそよぐ丘から巨大な雲の船出だ
じゃれつく子猫が熟柿色の日溜まり

◇谷田越子
午後の風が三角定規の穴にあそぶ
人のこころ計りしれなく紅い葉が舞う
電線で考える行先も一羽の鳥の眼
バトン受け損ね季節に追いつけない
すれ違う二人の部屋のふたつの風

◇幾代良枝
あたふた蟋蟀よ私は歯を磨きたいだけです
まあいいかと心の奥に薔薇を活ける
寒い夜のカナリア寄り添うて動かず
月に声かけ戸締まりしてからの私
朝の湯に身を沈め今日という足音を聴く