2012年2月29日水曜日

きやらぼく2012/02


◇天野博之
指揮棒は振れるか君の曲を聴かしてくれ(弄山氏へ三句)
透明な気力で奏でる男のシンフォニー
句から抜け出て蛍のほどく冬の闇
冷たく肯定し冬の星座の輝く位置
複雑すぎる暗証番号で私が開かない

◇広瀬千里
語りて暮せばたんたんと日常
小雪舞い小さきこの街なぜかいい
つま先だちして時が行く
裸の風何もまとわず雪ん中
呼吸整え春待つ君のいる街

◇山崎文榮
薄暮の大樟は雀の宿人ら病み
電車五つ乗り換え潮の香のふるさと
南天水仙庭から貰い年金の春
闘牛の目やさしく男のもつ力たずな
長年使ってがたがたな年が明ける

◇前田佐知子
小さな幸せを喜び節分がくる
鉄のきしむ路線に住み遙かなる幾年
姉も兄も往き一番永く生きていただく
ほどよく出来た杏酒さらりと酔うている
吹けば飛ぶよな体が杖にすがっている

◇阿川花子
窃かに寒気緩んだような夜半の手首
遠い日を探し昨日を捜し今を捲っている
ものの芽萌える頃まであるいは在ます
凍蝶の薄紫風と斜めに来て着地

◇後谷五十鈴
翳は氷結した夜と朝の狭間を迂回する
世の歪み問う静謐なる夜の雪降り募る
仮初の春の刻を水面に波紋拡げる鴨
連鎖する寒気を梅一輪の白い闇
都会の喧噪逃れてポケットの乗車券

◇藤田踏青
見えぬもの視つめ雪原に余罪あり
子犬の産毛が舞うよ非武装地帯
山荒れて土石流という誤字脱字
虹が、という声についてゆく
刈り伏せられた枯蘆の乱数表

◇谷田越子
溜息で少しずつ捨てる胸の不燃物
夜の視線凍らせあおい雪が蔑む
歩いても歩いてもどこまでも冬
小春の梢に止まったままの小鳥
あと一歩が踏み出せなく水銀灯の薄い光

◇山本弘美
病む人の眼が追う花びらの散る先
春を信じられず消してしまった灯
月は救けてくれない雪兔ゆっくり溶けて
無邪気に雪が覆った苦しみ痛み悲しみ
手を通さぬまま喪服ひたひたと夜

◇三好利幸
耳鳴り吹き抜け雪に薔薇咲き
寒い町でやがて道は橋へ到り
いかりしずかにみわたすかぎり
ただあおぞらのひときれの痛み
鉄床の傷も寒き日の父のその肌

◇山田風人
病人と呼吸合わせている
酸素気泡音がこそ命であるような
向かいのモニターも緑点滅している
下顎呼吸に曇りはない
問うまい人はただ生きる