2012年11月11日日曜日

きやらぼく2012/10


◇山崎文榮
桜の葉が一枚一枚ふる石の下の鈴虫
暮れると月が土工さんの忘れたスコップ
雨降ってとっぷり暮れた椿の葉の艶
とんぼ帰りの愚痴を八十九才の体
マネキンとウインドー磨く人が中にいる

◇藤田踏青
セメントと無神論者が乾いてゆくよ
着信音途切れたころの恋占い
目交(まなかい)の闇掘り下げている水枕
淋しくはないが筑前琵琶の小さい影
犬の瞳に劇中劇の遠雷が

◇前田佐知子
おかゆに塩がきいて初秋です
何のわだかまりなく漬物ぱりぱり食う
秋の日だまりがよい猫とわたくし
夕陽極まれば秋いよいよ深し
みんな秋になったふる里の雲

◇山本弘美
人生の秋も深まり秋桜より千日紅に
蒼く爪弾いて眠らせぬ月あかりの琴
どこの気付で出せばいい母への便り
古い腰紐にわたしの名前母の手跡で
音符か活字かはたまた夜長の潰し方

◇後谷五十鈴
突然の雨に揺らぐ男と女と残りの秋
堰を切って季節が逝く幽かなベルの音
追伸は秋の極り文句花も葉も散り果て
躓き季節の狭間にとり残されている
慌しく生きて何処へ穏やかな秋の日

◇谷田越子
影がぼやける小さくなった太陽の歯形
ためらいながら鰯雲そらの布団たたむ
あの席に置いてきた遠い背中が振り向く
こころ揺らすコスモスの影の模様
鳳凰に道を譲り青い歓声が空に届く

◇天野博之
読み切った本誰に話そう蟋蟀の秋
散歩中つるりと解けた鰯雲の暗号
自死へいざなう夢を逃れ朝が眩しい
素知らぬ顔で鏡に秘密を投げ入れる
彼岸花遅れて咲いた不機嫌の理由

◇三好利幸
胸の炎群も合歓は雨に濡れ
障子に隙間のただ光見ている
なにゆえ涙し凝視する夜の庭
蒼き肌の語る月に囚われた顛末
たそがれしずかにぷりんをすくう

◇幾代良枝
今日が明日へ変わる午前零時の呪縛
ワイパー号泣し走りぬけた水中花の街
月の見えない夜の樹々の深いため息
やがて洗濯物は満天の星に深夜の階段
原発なんかいらんねんというバッチ君の胸にも

2012年10月12日金曜日

きやらぼく2012/09


◇山崎文榮
満月を鷺舞うと見浜木綿咲いて
日々咲き朝はおわる花の命
眠剤溶解するまでのことさらめく月
エーデルワイスの曲に白い錠剤飲みねる
駅が秋の花にかえられ恋仲のような人や

◇藤田踏青
立ちあがってきた予備役のアマテラス
黄砂まみれの宿酔の荒野か
若妻は耳の翳りで頷くらしい
原発稼働 衆愚が奪いあう鍋の蓋
青嵐と押し問答しては瀬音

◇後谷五十鈴
夏も終るマグネットで止めた悔恨
開け放ち風を入れ繰り返す人生か
人の心に寄り添う予定表にない一日
今年空蝉少なく真昼を鳴く蟋蟀
風は涼しく枕辺の青い月の影揺らす

◇広瀬千里
頁くるれば明日への指標秘そやかに
真っ赤なトマトむき出しの挑戦
今ならわかる遠い夏の日 入道雲
畳ひとふきひとふき夏の万端子らを待つ
眠れぬ夜風鈴物語の続き

◇山本弘美
目には見えない防御創だらけの帰り道
金の鋏が断ち切っていく眠れない窓
こころの芯が冷えきって宿痾というもの
拗ねていじけてオマエ幾つになったんだ
狙いすまし撃ち落とした月にかぶりつく

◇三好利幸
真昼静寂飛翔する麝香揚羽
夕凪しんと鋭い牙持っている
汚れ手に握った釘の錆びている
やっとひぐれてひとりのひややっこ
とんがりをいとうがごと眠りにつく

◇阿川花子
首(くび)の装具仮面のようにベットに放る
遠く祭り囃子は幻聴か一夏を惜しむ病窓
構えようにも滑るが如く日が過ぎる
瞑れば我が家の洩れ灯が路地で濡れていた
ステッキ突き整体士と手紙と不確な街を探す(入院五句)

◇前田佐知子
無事過ぎた二百十日の黄金の波を刈る
新米ほっこり大根おろしがよく合う
暑さ極まり峠か夜半の赤い月
運動会終了後きた嵐の大雨の騒ぎ
吹込んだ縁の水を絞っては又絞る

◇斎藤和子
夢は捨てたと思う心に蠢く光るもの
ブルーの空はいい描きたい衝動の一念
ひたすら編む鈎針に時を刻む音
人に情けかけられ生きて九十の晩秋
今日の入り日へ米を研ぐ音のしろい秋

◇谷田越子
秋へ模様替えするこころの起伏
夕陽に押されて揺れるブランコ
塞ぎ込んだ空模様に少しの朱を入れる
夏の極みを咲き誇る百日紅の色
横断歩道を幾つもの人生が渡っていく

◇天野博之
死んでみてやはりそうかと人の本心
研磨した刃先の雫がドイツ観念論
疑わず苦海にひたすら櫂をこぐ音
熱帯夜むせる雲間に月が足を出す
生きる迷いを振り払い一心不乱の轡虫

◇増井保夫
早起き会ノラを貶して今日が始まる
歯が痛い羊羹が美味い
カラリンコ下駄履く女の歯が欠けて
悲しくも辛くも身内の話
酒過ぎてメガネ捜す男の本音

◇幾代良枝
時速八十キロと軽い音楽と秋の雲
夜を徹し画廊のガラス絵の身の上話
歩き方模索する君の不自由な時間を待つ
戯れに叩ける程にふっくらと君のおしり
小さな虫になり露草や山牛蒡に染まる

2012年9月22日土曜日

きやらぼく2012/08


◇幾代良枝
夏の夕映え妖しく翼を広げた女の心模様
昇りきれば風と安らぎの椅子一つ
ホースが描いた虹に委ねる今日の拘り
暑さ極まりすべての怒り脱原発に起つ
傲慢な理屈を命より大切な物在るが如く

◇天野博之
友が死に闇空の遠いさざなみ
夕立ちの隙間に見えた魔界の入り口
子供は嫌いだからとさりげなく独り身の女
緊張の糸切れ燃え糟となった真夏の夜
それからを考えるのは死んでから

◇谷田越子
手のひらかざすと夕陽が降りてくる
誰を探している表紙絵の視線
空に疲れ風の懐に忍び込んだ一片の雲
私を置いていく星の靴音があんなに
夜行列車に想い出が飛び乗る

◇藤田踏青
神の領域かすめツバメ一閃(いっせん)
翌朝までホロ苦い独酒(ドストエフスキー)
続編は河原のすすきで書きます
順不同 狐と狸が通ります
山の神海の神から除名されてもニンゲン

◇山崎文榮
月が明るく花時計ときを刻むと揺れる
雷と来た雨と地蔵さまとポスト
雨がこやみに水たまりの子供と長靴
ある草の穂と天道虫のつるんでいる午後
雨が灯に旅愁めきポプラの葉の色

◇山本弘美
わたしの中で何かが叫ぶ黎明の海
水の記憶はるか好きな色さえ
いいかげんにしろ荒ぶ夏に喧嘩売る
叩き潰すほどの雨のなか人柱になるか
愛国心か判官びいきか五輪の夏

◇斎藤和子
感動うすらぐ胸にも今年の花咲く
ともかく薬飲んでいるこの安心感
老いを頑張ってデイサービスでの私
この頃体調もよく朝晩のヘルパーさん
チャンネル選んでは食い付いている

◇後谷五十鈴
熱い夜の月虚像となるドアを叩く
夏草猛々しく思考の果ての蝉鳴く
暑さ極まり丘の土偶に風が渡たる
見果てぬ夢追い蜻蛉の涼しい行跡
枇杷の実熟し脳裏よぎる戦禍の疵

◇三好利幸
やくざ病み漬物切る闇
心荒ぶるは孤独峰仰ぎて
縊る老鶏獣めき少年駆け抜け
君に溢れる澱の腕まわし抑えつ
ちからなくひれふしひとりのあかり

◇前田佐知子
この酷暑にどうしてもついてこない体
少年暑さに向い目が生きてゆく
立秋とゆう朝の夾竹桃の花のいろ
連日の低空飛行が酷暑を騒がす
窓の微かな風に立秋をさがしている

◇阿川花子
朝霧と遠のく足音が異国の街を忘れえぬ歌劇
酒場で昔テキーラを四年先は観られまい
落ちた音は又櫛か老女病室で髪を束ねる
夜に雲を追うさすらう如きと病臥に思う
地と霧のはざまを猫が悠々とくぐる

2012年7月29日日曜日

きやらぼく2012/07


◇山本弘美
ひと粒の幸せ紫陽花が上手く活けられて
百合の花粉の色が落ちない驟雨の午後
ひと夜だけとこいねがい夜伽の蛍
硝子なら粉々になれるのに黙りこむ
雨が近い無駄に生きてた訳じゃない

◇藤田踏青
自画像がジョーカーとなる溲瓶
通行料払い自画像手に入れる
輪ゴムで一くくりの自画像か
経帷子(きょうかたびら)着せられている自画像
自画像が淡く残った伝言板

◇山崎文榮
過疎のふるさとの青さこえてきた蝶
うからやから集い面影皆老い達者な
ながい河でした静かに渡る仏を弔う
幾山河のふるさとの果物褒められ
長雨の雨の音を山梔子の花

◇幾代良枝
シーソーゲームの果て着地した空の思考
男と女の濃密な別れは白い梔子の花
ちいさな手鏡に映った一片の夏雲
雑貨屋から流れるシャンソンに囚われる
季節は移ろい長く鏡を観なかったような

◇谷田越子
季節に追いつけないこころの細い歩幅
川面に繰り広げた小さな会話が点滅する
夏に似た夏ではない風の焦燥
思い出が雨を連れてくる一瞬を振り向く
新聞からポロポロこぼれた言葉

◇後谷五十鈴
命永らえ戦火の炎忘れぬ薄明かりする
梅雨空を何故蜂の明晰な巣のかたち
夜の稲妻激しく屈折する思惟
明白なるラベンダー色の風に吹かれる
初夏のひと夜宇宙と遭遇した星の色

◇前田佐知子
伊勢大神楽の御札とゆう信じるか己れの深さ
あの世え行った友初夏を一言伝えたい
ようやく生えてきた緑の雨を受けている
今日を占ってみる厨の梅雨空
八十才のエネルギーをもらう私の厨

◇三好利幸
なみだとどめどめぶくだいち
愛憎あやしくたっぷりの菜の花
ひねもすひなげししらすなに消え
菖蒲かおるも胸騒ぐ風の厨
カラシニコフ負うや夜明けに眠る

◇斎藤和子
命あれば考える句が動き出す
楽しい付合いもあって夕焼け
ぶどう一粒つまんで一人の私でいる
白い骨はふる里へ隠岐の天気予報
ふる里は青い海に囲まれテレビの天気予報

◇天野博之
硝子のハンカチひろげ涙をつつむ
耳元でそっとお月さま尻尾が出てます
こころの斑点おとす薬をスポイトで吸う
マツダランプの看板と番傘が歩く町の色
見る人もなく咲き月下美人の迎えた朝

2012年6月24日日曜日

きやらぼく2012/06


◇幾代良枝
壺にトルコ桔梗あふれ女が魔性のとき
干し上げた洗濯物に甘い夜風の追憶
雨の日は雨に落ち物言えぬ人と
雨あがりの空へ女は密に紅を溶く
昼下がり弦楽四重奏になったイマジン

◇谷田越子
紫陽花に降る雨の音のない哀しみ
今日が一番の日でいたい石楠花満開
考え事に蓋をして今日を枕に埋ずめる
心色づいて昨日と違う窓の模様
独りになれなく不揃いの雲一斉に動く

◇天野博之
不審死した神を司法解剖する
妄想ぐるぐる頭蓋骨に反響する音
躓いた場所くずれ始めて逃げまどう
ふと舞いあがり光の線引き闇を愉しむ
隠せば知りたがる木洩れ日の戯れ

◇藤田踏青
落椿 汝はアルカリ性か酸性か
善人も悪人もマスクする破れはちす
鼻の中 いびつな山脈に銃声
春寒の糸をたぐれば満州帝国
友人という言葉の端にメロンパン

◇前田佐知子
春の花の切手を貼りポストえゆく
梅雨がきたとゆう今日の空を仰ぐ
お堂の守をお地ぞう様春の花は終りました
小判草びらびら坂一ぱいを上ってゆく
昼のチャイム遠く初夏の雲が切れてゆく

◇後谷五十鈴
五月の木の葉透け太陽欠けていく
太陽冷えびえと濃密な山の色も褪せ
初夏の木洩れ日を融合した月と太陽
生きて鬱蒼とした茂みに囲まれている
半夏生強く匂い出口のない白い花

◇三好利幸
釘抜き刃が欠け凍てる風
冥い空陰鬱なる犬の来る
彩雲喪失やがては笛など聞こえ
春白日迫撃砲は花と交わり
桜葉風に母の下駄音乱れず

◇山本弘美
ケータイに起こされ行かされ踊らされ
頑なにうつむいてサルビア色の後ろ姿
金環かツリーか上ばっか見てるところぶよ
空に爪たてひっぺがしたい傀儡師の面
電波塔に串刺しにされた男の影が蠢く

◇山崎文榮
降ってくれなずむ風景と少しのワイン
バラが外灯にともって窓にすけ写る
過密の孤独な夕焼けを野良犬空を嗅ぐ
山が太古のいぶきを太陽秘めごとめき
萌える葉ざくらの下都わすれ水色

◇広瀬千里
雨音に今日を預けてなすがまま
風 憂いを含んで今日を色どる

◇山田風人
満面の笑み水田(みずた)に浮かぶ堕落論
何をか在らん水田の加減のよろしいこと

2012年5月27日日曜日

きやらぼく2012/05


◇山崎文榮
地の断層の傷みさくら燃えさかり
さくらのまにまに蝶が被災地をとぶ
解体された学校の静かな海がみえる
被災のストレスを光を失った二人の顔
青菜の一本の傘に男と女が孵化する

◇山本弘美
ひとりだから零れるほどの花を活け
媚薬ひとつまみ今宵の月
魅せられて綺麗な赤が苺をならべる
殺さず外に放した蜘蛛と嘘の匂い
女とはつまらないもの爪を切る

◇藤田踏青
不敵な旅人たらんと汚れて野鴨
ものはみな一桁と思う微熱の朝
レースの揺れは微熱への返信か
常識の裏側でほどかれていた紐
大脳皮質いっぱいの潮の香だ

◇前田佐知子
ひんやり目薬いれ春夜のいちにち
長い身の上話し新ニラ柔らかくとじる
バイのケツ何とも旨く古の海をしたしむ
五月墓所明るく晴れあがり佛事終えた
人毎に慈雨を讃えて五月をいただく

◇阿川花子
両手で受けた木の実の手応えなき夢
四月馬鹿そんな日あったのも忘れていた
紅付けず白粉浮かせ招かれてゆく
一瞬の思いに息詰め忘れるのも一瞬
間違えた球根の花として幾年も咲く

◇後谷五十鈴
今生のひかり放ち牡丹崩れる
幽かな記憶を牡丹はその色に咲く
こころ風に散って流れの速さへ消える
川幅いっぱいの春を流れる花びら
春の日あっけらかんと惚けている

◇谷田越子
風を束ね花みずきの優しい楽譜
ポーカーフェイス捲って般若の顔
踊りながら止まる白いリボンが選ぶ花
指にこぼれる青い野草の葉露の仕草
さよならさくら最後の刺繍ほどく

◇三好利幸
底無し空へ少年そっと反り
漫然と風を聞くあの日がその日
みぞれつめたしちいさきいのり
チーズ齧り独り厨の昼に
火打石うて引き返せぬ道

◇広瀬千里
とり訳けの平凡によりそう胸に金の母賞 そっと
歳月が鍛えし饒舌になったあの日の蝶
遠くたおやかな夕日今日はいい日だ実に
はっとして 自分であって自分でない自分に
カーラジオ曲を流して時をつめこむ

◇天野博之
寒い春の大三楽章はフルートではじまる
萎えたこころに季節遅れの青嵐がきざす
愚痴は奥歯で噛み天に召された真実の女
バロックの芳気がのぼるこの深い喉ごし
暖気におおわれ意固地な魂急にほころぶ

◇増井保夫
深夜の電話セントヘレナから
憂いの中に喜びの声俺唸っとる
保険無し我が人生濁流
いくじのなさと気の弱さで今日も生きてみる
生命線長く憂いの通夜が始まる

◇幾代良枝
冗談のごと君はかなしみの仕草する
話せない男に焦れてみたり夕餉を黙し
思わず声荒げるも君は答える術もたず
手押し車で歩ける男の背の晴れている
雛を温め何かしら話すカナリヤの番い


招待席

◇井上敬雄
春をひろげて傘をほす
目をつむっているほほに春風
一番星へ届いている春のまつりだいこ
さくらさいてみんなしあわせになろうよ
石段の前にうしろにちってくるさくら

◇おがわひであき
着陸と離陸 同時に繰り返す滑走路
刺の突き刺さった薄い月融けてゆく
ミイラになった蝶乱舞するたそがれ
寝た子を起こして愉しむ春の芽吹き
弾痕の軌跡を確かめる 肛門のあたりか

2012年4月29日日曜日

きやらぼく2012/04

◇広瀬千里
両手にしかと今日を頂いてほかになにか
桜舞い全細胞が踊り出す
一匙足して決めてみる台所の妙味
春風の後押しなんだ坂こんな坂
やれぬのかやらないのかと春一番

◇藤田踏青
人生梱包中ガムテープから吐息もれ
6Bでなぞってみる我が黒点
目くるめく女の性(さが)や猫じゃらし
思想調書に書き込まれた微分積分
言い訳は梅の実を干したあとで

◇山崎文榮
雨のあとやわらかに桜草延びている
雲は夕やけ桜ちらほら咲きそめる
夕焼け車窓から咲きそめた花を眺め
風は岸の柳に春を感じたという程な
頑固なねぎ坊主の個性を夕日の木の芽

◇中村真理
風邪癒しか刺身食いたい、と父
鬼兵は理想の上司春火燵
三分咲きの桜のそれが幸わせというものかしら
さくらさくら今も未来の過去になる
折り鶴の首折り損ないし余寒かな

◇三好利幸
舗道崩壊深夜の示威行進
ハンダゴテ炎青くしじまに沈む
歩道に一筋麦の穂はファルセット
風に咆哮紙細工の街路貫く
地に大き杭打ち濡れる肌

◇山本弘美
古(いにしえ)の美少年くちびる噛む横顔(奈良にて五句)
涼しい視線感じふりむけば春色
誰も歩かず小雨に錯覚する路地裏
傘がない肩は濡れても燠火ふかく
もう帰れない手招きされて何処まで

◇斎藤和子
ともかく薬飲んでそれだけの安らぎ
感動薄らぎ胸に今年の桜咲くか
さくら吹雪の一本の橋渡りきる
卆寿来て何やら淋しい雀鳴く

◇阿川花子
遠く何故其処に疎林になると人ひとり
赤い箱に赤い手袋のミステリアスに少し関心
このエピソード語る人無しに冬を抜ける
あの日散り急いだ花ビラ今日命日開花せず
島根半島のっしのっし跨ぐ魔の送電塔

◇天野博之
ひと夜の風で急に伸び出した白い爪
居眠りの薄皮はがさず毛布かける
いちにちをスキャンし眠りにつくか
後頭部を射抜くさようならの眼差し
宅急便で届いた女の心臓がぴくりと

◇後谷五十鈴
モノクロームなさくら清かに遅い月
思い煩う春は雲の影水面に映す
重い扉開き廻り道した春の陽射し
雪に倒れバラは春の構図探しあぐねる
冴々と古い映画の顛末を蹴散らした風

◇前田佐知子
逝かれた人々を思い出す淡い満月
いくたび雪に埋もれて甘いチンゲンサイ
心の宝石きっとある冬の星座
待ってた春一番だ心をゆさぶってゆく

◇谷田越子
春を漕ぐ花の海の一本のオールとなる
綿毛見知らぬ風を追い辿り着くその先
柔らかい陽射しを小鳥の足音が聴こえる
色づく想いは桜色の視線にときめく
小さな羽根を散らせて白い闇の灯り




【招待席】
◇佐瀬広隆
枯れ草へ日ざし冬はがれてゆく
退任の式おえ外の春の雨
花はほろ酔い早咲きのさくら
山を吹き鳴らす風の道ひとり
鳥なく光りへ朝の散歩

◇高木架京
海の記憶をたどる貝殻がはさんでいく栞
有孔虫が懇々と鳴いている月夜の海
水になる日が近づいてどんどん消える
大切なひとポテトサラダは春色に仕上げて
剥きかけの卵をつるりとすべる春

2012年3月25日日曜日

きやらぼく2012/03

◇山崎文榮
陽だまりに咲く石蕗の花
煌めく夕日に従弟の骨壺かさこそ鳴り
従弟の面影と記憶の水色の悲しみ
静かに雪が舞いとむらいの大空
春の雨終電車が街の灯きらめき

◇藤田踏青
夜を逆さに吊しプラシーボ
熱燗の中で叫ぶ「神は死せり」
面を忘れ線に酔う春時雨
水墨画のように失せ物 峠茶屋
軽石は唯物論的に愛される

◇三好利幸
少年真一文字見えぬ塵降る
滾る大気に腕携え往くを待つ
雪は頻りに何処かに弔いあり
静かに指触れ障子の桟は哀し
父は鈑折り傍らの玩具の包丁

◇谷田越子
光の雫に変わっていく白い孤独の最終章(フィナーレ)
春に止まる小鳥の電線よりも細い足
君が笑っていた真夜中の一瞬に付箋貼る
うすい西陽の向こうに霞む春山の稜線
家々の灯り近付き車窓へ手を振る

◇後谷五十鈴
おぼつかなく傾斜する春の段差踏む
山は雪に霞み出口のない迷路さ迷う
病めば声もくぐもり振る雪の幻覚
視界はドクターヘリ雲間抜ける銀の翼
降る雪冥くもう逢えないその面影

◇阿川花子
鳴り狂う冬の雷さん薄笑いしてますね
無造作の言葉が好きな果ての佇ずまい
素足で狭く暗い廊下のその先の灯
心の迂回路へ迷いすとんと落ちた日
表に向きを変える事に気付き軽くなった齢

◇前田佐知子
すっかり春になったよ金盞花が踊っている
大雪に埋もれてきた白菜のこの甘さ
八十路の年を迎えて水仙の白い真実
待ってました春一番の今日はうれし
真の友を失なったぽっかり無情の風

◇山本弘美
器の上笑いさざめく一週間めの薔薇
豆雛立ち雛流し雛にぎやかに女たち
荒れた掌に水が沁みふと母の感触
夜明けが早くなり今日も太陽を磨こう
雪がとけ不細工な毎日が戻ってくる

◇広瀬千里
東天の輝き生まれたての朝をどうぞ
枝折れて一夜の雪のなんとまあ
空気しいんと整列明朝は雪ですきっと
台所の音女の遺伝子いそいそと
ぱんとこうひい気取った朝でせめてもの

◇天野博之
早春のあわい伝言か散り落ちた白い花びら
額からどす黒い筋を得体の知れぬ女の怒り
瞳の中に津波が迫り眼球脳裡を逃げまわる
一瞥し刻呑み吐いた午後二時四十六分
降る雪に募る思いはあの日の君のカーディガン

◇増井保夫
アルミ缶売って軽い冬の雪
この雪深く明日もこもる
この男きわみ深く明日大雪
太い枝ぶりさがせと奴がいう冬の空
病い物言えぬ男の哲学

◇岡崎守弘
何もしない何もしなくてもよい日が暮れる
かたくなに老いを認めたくない私に雪
いつの間にか春が来て独り言つぶやく

◇幾代良枝
ふと覚め真夜中の雪の精の祝宴を見た
生来無口な男とて病んで声を無くし
歯の無い顔で笑い頼られている
駐車場に咲いた薔薇色の新車と春の雲
時代錯誤の嵐に早春のシュプレヒコール

2012年2月29日水曜日

きやらぼく2012/02


◇天野博之
指揮棒は振れるか君の曲を聴かしてくれ(弄山氏へ三句)
透明な気力で奏でる男のシンフォニー
句から抜け出て蛍のほどく冬の闇
冷たく肯定し冬の星座の輝く位置
複雑すぎる暗証番号で私が開かない

◇広瀬千里
語りて暮せばたんたんと日常
小雪舞い小さきこの街なぜかいい
つま先だちして時が行く
裸の風何もまとわず雪ん中
呼吸整え春待つ君のいる街

◇山崎文榮
薄暮の大樟は雀の宿人ら病み
電車五つ乗り換え潮の香のふるさと
南天水仙庭から貰い年金の春
闘牛の目やさしく男のもつ力たずな
長年使ってがたがたな年が明ける

◇前田佐知子
小さな幸せを喜び節分がくる
鉄のきしむ路線に住み遙かなる幾年
姉も兄も往き一番永く生きていただく
ほどよく出来た杏酒さらりと酔うている
吹けば飛ぶよな体が杖にすがっている

◇阿川花子
窃かに寒気緩んだような夜半の手首
遠い日を探し昨日を捜し今を捲っている
ものの芽萌える頃まであるいは在ます
凍蝶の薄紫風と斜めに来て着地

◇後谷五十鈴
翳は氷結した夜と朝の狭間を迂回する
世の歪み問う静謐なる夜の雪降り募る
仮初の春の刻を水面に波紋拡げる鴨
連鎖する寒気を梅一輪の白い闇
都会の喧噪逃れてポケットの乗車券

◇藤田踏青
見えぬもの視つめ雪原に余罪あり
子犬の産毛が舞うよ非武装地帯
山荒れて土石流という誤字脱字
虹が、という声についてゆく
刈り伏せられた枯蘆の乱数表

◇谷田越子
溜息で少しずつ捨てる胸の不燃物
夜の視線凍らせあおい雪が蔑む
歩いても歩いてもどこまでも冬
小春の梢に止まったままの小鳥
あと一歩が踏み出せなく水銀灯の薄い光

◇山本弘美
病む人の眼が追う花びらの散る先
春を信じられず消してしまった灯
月は救けてくれない雪兔ゆっくり溶けて
無邪気に雪が覆った苦しみ痛み悲しみ
手を通さぬまま喪服ひたひたと夜

◇三好利幸
耳鳴り吹き抜け雪に薔薇咲き
寒い町でやがて道は橋へ到り
いかりしずかにみわたすかぎり
ただあおぞらのひときれの痛み
鉄床の傷も寒き日の父のその肌

◇山田風人
病人と呼吸合わせている
酸素気泡音がこそ命であるような
向かいのモニターも緑点滅している
下顎呼吸に曇りはない
問うまい人はただ生きる

2012年1月28日土曜日

きやらぼく2012/01

◇藤田踏青
雀と山鳩と 落城の跡らしい
大きな橋脚が呼吸している島影
余命いくばくも懐中時計の冷たい鎖
目と耳を落していった雨の舗道
祝宴は果てた淋しいハラワタ

◇山崎文榮
雲のなかのきれぎれの回想
暮れる雲に染まり風の流れと遊ぶ
月が傍まできて地球どこかで争う
一枚の落葉を夢で大切に眠る
タクシーで行く道冬の素顔見て通る

◇山本弘美
男と女のやじろべえ黒白(こくびゃく)はどちら
煙を追って定まらぬ視線のその先
足枷を軽々蹴とばし置き去りの羨望
別れはさまざま痛みは鮮やかな刺青(タトゥー)
指で口角上げてみるいつか春は来る

◇天野博之
腕を組もうか肩を抱こうか躊躇いながら飛行雲
そのまま別れた意気地なしをユリカモメが笑う
観覧車に乗らずじまいでいつか君と
濃厚な二人の朝をエスプレッソの香り
シラーの詩諳んじると雲間の朝日が今日をのぼる

◇後谷五十鈴
無心に綾取りするその背の幼さの日差し
水鳥と青いコートの似合う幼きと遊ぶ
時計が読めて帰り待つ児の端正な横顔
エスコートする孫の小さな掌の安らぎ
旅の終りは赫々と富士の頂きも寡黙で

◇三好利幸
セミガラ軽くかすれる樂典
何の骸ぞアスファルトの染み
あおぞらさむぞらのあさとなる
沈み行くも鼓動ひとつごと
風は死して浸る乳白色

◇前田佐知子
体にコンマをうちながら寒いくらし
コンビニのおにぎりがうまいお正月
遠山(とうやま)に雪がある元旦が暮れる
音のない雪スタンド消して寝るとしよう
瞑ると白い炎密かに燃えて吹雪く夜

◇谷田越子
絡みつく光の視線を朝が配りきれない
おみくじを春陽に結びいいことありそうな
足並み揃えて石段上る新しい風が騒ぐ
夜が通り過ぎる葉を落とした樹々の影
残雪に重なる雪の白さ時は流れ過ぎて

◇阿川花子
違う世の人と元旦向き合って晩餐
同じのが四ツと無い溜りにたまった釦
とんどに焼(く)べるシメに酒器の触るる音
憂を私にと子の衣纏いとんどの炎に向う
その愛ってふっと今問うてみたいなんて

◇幾代良枝
あの夜何物かが抱きとめてくれたいのち
何も知らずコインランドリーに乾いた物
年の瀬追突の車は何を考えていたのだろう
胸の空洞抱えて帰れば安らかな寝息の
淡雪疵だらけのくるまにお別れを言う