2011年12月25日日曜日

きやらぼく2011/12

◇藤田踏青
酔うて泥の落款になる
不信任案が懐手している本革ソファー
体臭を隠しているのか十三夜
寒風の中 女の声も抱きしめる
かくれんぼうが続いている瓦礫原

◇山崎文榮
黙って喪中のハガキを七枚も
沈丁花花芽つけ少女とさむい三日月
海の水平まぶしくあの船はどこえ
白い雲の空想の丘のスミレが咲き
救急車の過ぎる音が雨が激しく

◇後谷五十鈴
野の蝶鮮やかにわが視野を過る
老いの愚痴の愚かさ秘め季節移ろう
夜毎閉ざした窓を打つ寒い落ち葉
あさのあおい空へ明けやらぬ心曝す
散り終えた清しさへ助走する冬の音

◇幾代良枝
皿に盛られた時間が朽ちて行く
微笑みながら一輪の冬バラ
寒く壊れた鏡に何故の安らぎ
横切ったのは月の砂漠の王子様
鬼が一ぴき居て眠らないでいる

◇斎藤和子
過去にくぎり付け一人のコーヒーも旨し
薄くなった膝たたいて今日の明かり消す
病んでいる地球を落葉も病葉となる
音のない音迫る一人暮しの今日を終える
本で叩いた小さな命に逃げられている

◇三好利幸
玲瓏と月の父母は眠るか
いまいちど沁みて呼ぶ声
ことこと小鬼の背なをさ迷い
光しずかにいのち煮込んで
落とせば音する小石の問う

◇山本弘美
暦おろし来し方行く末やりすごす
ひそと誰に手を振る純白のシクラメン
裏腹に信じたくなる性善説
青やら白やら鉛色空は見上げる為にある
聖誕祭と呼べば妙に静かな夜になり

◇増井保夫
還暦が来たあとすこし
しゃべるほどに落葉散り
こいつ女子大生だったと思い深し
髪長しこの男の裏表
人生いらぬこと言って毒蝮

◇前田佐知子
シクラメンの小鉢は紅い蕾で暖かい処がすき
鼻水だした子抱かれ霙一しきり降る
ラベルに昔婆さんの寿司弁当がほんに美味しい
老人会食の会は手作りで昔の歌など劇など
こんなよい月を胸に大切にしまって置こう

◇谷田越子
陽は翳り指先から出ていく時間
ひんやりと肩先に止まる風の触角
服の不満がはみ出たタンス
人生の吹き溜りにたくさんの私がいた
影を震わせやって来た冬の道化師

◇阿川花子
急ぐ足で金環蝕かと見た未明の二日月
昨日と今日に区切りが無いと友も言う老
冬の先は春と想いつゝ仕舞いかけた合の服
新年に向う雑事にこの一週が遅々といく
一日のプランで起床したから無為でもいい

◇中村真理
見に沁みてフクシマ産の野菜かな
秋温し人形を抱く尼僧かな
歯を削る一分長しそぞろ寒
コスモスや車掌の真似の得意な子
A型の外面はよし青みかん

◇天野博之
手に手を壷の中へさあ君と
壷の内なる永遠を君と歩く
君と二人占めの刻を朝まで
眠ると脳が君に会いたいと
星囓る音して振り向けば月

2011年11月27日日曜日

きやらぼく2011/11

◇幾代良枝
秋薔薇一輪硝子瓶の夜が深くなる
病む人眠りしばし満月との密会
降り注ぐ月光を女が透明になるとき
月とコインランドリーと車窓の女
話半ばで白々逃れたい心のG線

◇三好利幸
蜂起未だしアイボリーな朝
卵嚢襤褸の如く土蜘蛛潜伏
遠い岸辺よ亡命する記憶
海ホタル群れ呻き漂う夜の
雨音心穿ち幻視する市街戦

◇中村真理
まんじゅうの味思い出す訃報きて
夜の秋書留届ける声がして
秋風や智恵子を真似て切り絵して
権妻(ごんさい)と呼ばれる女よ秋刀魚焼く
どんぐりや男の子って犬くさい

◇山崎文榮
陰影のある煙突の列が夕べの煙りはく
車で通るだけの道となり樹の背景
夕暮れの月は高く十三夜が物語めき
夕映え浮雲一つが暮れなずむ底の灯
巨船が視野に近づき海にちらばる灯

◇斎藤和子
老いを素直に受け入れ楽になっている心
懐に白いかおり秘め水仙のびてくる
幼き日は遠く母が干していた干瓢の白い簾
夕暮れの散歩道風に乗るわが心
秋の日をサングラスの若い人と擦れ違う

◇山本弘美
醤油の量はと妹とたどる母のあじ
めくる指軽くなり次の暦を掛けてみる
色さまざまな足跡を秋がたくらむ
爪見ればわかる女の暮らしむき
リアルな夢に目を見開くのっぺりの闇

◇前田佐知子
さわさわとススキよし杖がかるい
初冬の日差したっぷり膝の手仕事
秋の実とり合せふる里の味送り出す
丘いちめん思い出のラッキョウの花
秋色めき冬用のふとんしっかりと干す

◇藤田踏青
ウルメをしゃぶっていた昭和残照
驟雨 これが別れの二人称
余命を折りたたんだ二の腕
人間の額縁に水もれ放射能もれ
天地(あめつち)に読点引きずり、足跡か

◇阿川花子
後ろから今晩はってゆく姿を虫の音
名月も後(あと)の十三夜も今年を忘れ
コスモスこんな美事に咲き誇るとは
今が一番幸せと言う友皆にっこり頷く
時化寄せの暗い灯の色はまたたかず

◇後谷五十鈴
何故秋風が告白する萌え尽きる刻
無言の空に皓々と月の繰り言
秋の陽に思い重ね虫の声も遠のく
濡れても紅く慕わしく掃き寄せる
散りつくした明るさへ老いは佇む

◇谷田越子
こころ重ね着するもの探す色のない空
青春が座り込む月見草咲いた道
セピア色の風の真ん中で揺れていた
うすく雲の流れを操る空の視線
胸の高まりもポストに投函する

◇天野博之
言いよどんだ嘘舌で転がし生返事
門灯切らず君待つ空に星が流れる
願っても叶わぬ星のフラメンコ
月はつれなく言い寄る雲を振払う
ぽてぽての秋鋏竹で取りそこねる

2011年10月23日日曜日

きやらぼく2011/10

◇藤田踏青
時計の長針と短針の間に波が来た
負の整数の黒々と 遺体安置所
小さな運命(さだめ)ランドセルの砂粒一つ一つ
いくたりのたましいのせて花筏
錯乱という文字を消す 凪なれど

◇山崎文榮
秋風籐椅子と週刊誌の真昼の空
風なく二ツ三ツ落ちる銀杏と子供達
高い空の雲の影通りふと蝶が舞い上がる
秋の雲一つ蜻蛉よわよわしく葉にくる
湖面静かに不信の月の激情を沈める

◇中村真理
原稿のふりして恋文書く晩夏
秋暑し黙って流しを磨く妻
月覗く初めて君の洗い髪
虫の音や読まずに捨てるハガキきて
冬瓜を知らぬ北の海育ち

◇阿川花子
立ち直らんとして裾払う一周忌
それよりもまだ昔があると言張る
お下りの派手な色にまぶしい朝の陽
居間までは入らない虫の虫の音
ぽつり滴する音の冴えて明るい兆し

◇幾代良枝
深い空へありがとうに替わる言葉探す
戯れに肩揉んでといえばか細い拳で触れ(病床の夫二句)
立てて二歩三歩脚がうごいていくので
小鳥の夫婦も眠ったらしい明かりを消す
気配に出てみれば月が涙ぐんでいた

◇後谷五十鈴
斑蜘蛛枝に思慮深く栗の毬炎となる
秋は阿修羅のごと地を被う曼珠沙華凄惨
日差し穏やかに老いの確たる意志
過ぎた日は昂揚する抱きしめた感触
茜色に染めた過疎の町を蔓延する精霊

◇三好利幸
夢覚めてさて昼下がり
観音さんの石段の青蛙だった
青空ためらうかひとひらの雲の
冥いボート舫うに君の手触り
悲しみは三度の喉掻き切る

◇斎藤和子
妹との思い出胸に秋の風の中 (妹の死)
夜明けの孤独もて余す今日一日を考える
秋風頬に清けし足の老斑もいとしく
老男老女騒めきそれぞれの歩いてきた道(デイサービスにて)
敗戦は風化させまいと米の花

◇山本弘美
裏返しの心今年も香る黄金の花
作り手の気持ちそのままに人形の顔
法被まとい五割は上がった男ぶり
ねんねんよ これはお月様に聞いたお話
ふと夕方の鼻歌は少し寂しい歌でした

◇谷田越子
心細く松の梢が揺れる秋の真中にいる
飛行機雲穏やかな放物線描き空を染めていく
ふと出て来た頭の隅の小さなメモ
暖簾くぐり抜け私を置き去りにするもの
嫋やかな風に抱かれコスモスときめく

◇前田佐知子
秋を満喫しやわらかい紫蘇の穂をこく
しその実ほつほつ噛めば今日の日和で
地ぞうさまの赤いエプロンの時雨は寂し
しっかり秋の風に包まれて丘のわたくし
イベントの花火高く青空え消えてゆく

◇天野博之
用件はともかく君の声ききたくて
青春の残滓かこの人恋ふるこころは
逃げ場なくして鏡の中へ遁り込む
秋の香りに振り向けばまぼろしの人影
昇るか降るか螺旋階段踊り場に立つ

2011年9月25日日曜日

きやらぼく2011/09

◇中村真理
常滑は路地多き町法師蝉(家族旅行三句)
むきあって舌見せあってかき氷
避暑の宿母より豊かな胸を持ち
河童忌や私も同じ病いもち
新涼や自転車で行く修道女

◇藤田踏青
ほおけたんぽぽ別れの言葉は草書体で
その半音を跳べアマガエル
掌の内のトランプにある逃避癖
大和が行く 黒い黒い意思だ
飛蚊症とかシュールな世界に遊ぶとか

◇山本弘美
気づけば視線が下がっている雨の旋律
全身ずぶ濡れにあの言葉ひとつで
禁句生きてる方が辛いのひとこと
生煮えのハートひとつ箸先で転がす
空から見ている誰かが秋を降らせる

◇後谷五十鈴
暑さ鎭まり産卵する虫たちの饗宴
逢いたくてつれづれに綴る挽歌冥く
地を這う思い寄せてくる定かなき気配
仮初の秋は雨を降らせ思いの丈の瞑想
束の間紫陽花色を失い流れた日々の欠片

◇山崎文榮
昼月の暑さを残し掘割りの桜の木
噴水広場の夕焼けの赤トンボの数
一言足らぬ虚しさをおしろい花の実
トンボの蔭の障子に行ききする雲も流れ
子供の忘れていった絵本の蝶が出ていく

◇斎藤和子
埋めた記憶を此の世の終りとも風の秋
数えきれぬ老斑を心にもつ幾多の宝物
夕風涼しく老いて一人の怨み節か
雨脚白くひかり竹の葉銀の色に揺らぐ

◇三好利幸
ほんの羽虫の羽音ほどの昼だ
悪さの蛙か呀々と鳴き
故に豪雨の地の肌洗えど
柚子の暗緑ゆるりと握る
小石の箱の少年愛でいる

◇谷田越子
雨音幽かに夜の片隅にうずくまるもの
気に入りの傘が鎧う雑音
父の介護は慣れない時間が邪魔をする
隠し続け消えてしまったあの日のしみ
リュックからはみ出た少年の色褪せた夏

◇阿川花子
そして何年も経ち咲きましたピンクのカラー
一夏を惜しみガラス器に盛った集り
今来たこの道帰りゃんせと唄って意中
すかし百合の炎天の色見上げる海の子(回想)
じゃじゃ馬と自らを称し通した女人

◇前田佐知子
耳遠いいと老いてなお美しくしていられる
寺だけで済ませ大型台風の法要の日
台風の目とゆう気味悪い無風にいる
遙か遠山も身の廻りも秋の気配に生きる
台風一過韮の花るんるんと咲く

◇幾代良枝
風に吹かれるままに秋の咲く庭
いつか読むつもりで何と小さな活字
雑然と夏がゆき鳴けない君の長い一日
ゴミ袋の寄り添い話す月あかり
台風は過ぎたらしい蝉が鳴き始めた空

◇天野博之

暦めくると名残の夏をしぼり鳴く声
無いと知りつつこれからを探す男
息をころして月下の一輪咲くを待つ
月に誘われ鳴いて燃え立つ虫の声
冥界の風流れ来て母はサギ草の花揺らす

2011年8月28日日曜日

きやらぼく 2011/08

◇山崎文榮
色がわりした切符のしまってある抽斗
一時の雨が遠山まで透明にした夕日
城の窓夕焼け哀愁映し暮れる
むし暑さのクチナシの溶かした芳おり
あさがお夕べの雨に霧ふくんでいる

◇藤田踏青
清貧という煙草盆が一つ
過去形の波にもぐり込む平家蟹
ルージュが味見している金管楽器
たそがれはしゃねるのはーばーらんど
しっぽの何処かに潜んでおる血族

◇山本弘美
みんな同じさとあおむけに落ちた蝉
毎年の台詞か今年の夏はキツい
空青く花は咲くひとは笑える明日がある
人生(ドラマ)をつまらなくするパソコン携帯電話
脚長くみなおんなじ顔のムスメたち

◇斎藤和子
大芝居どこからもれる樽の水
夏空一筋の雲を埋まらぬ心の空洞
北海道土産と云うグラスの緑も淋しく
あれから受話器握らない心落ち着き
丸裸の子供追い掛ける母の声も暑く

◇中村真理
背をむけて浴衣の帯をとく女
隠れ宿舌にとろける夜の桃
短夜や泣いてもえくぼのできる女(ひと)
雷鳴は天の怒りか忍ぶ恋
愛し合い過ぎた帰りの雷雨かな

◇谷田越子
夏の余白に探し回る私の居場所
石段上がると涼風が影もくつろぐ
思い出はゆるくいとおしく包装する
ふざけすぎた風が言葉たたむ夕暮れ
うみをわたりあいにいく鳥になる

◇後谷五十鈴
登りつめ凌霄花炎の色となる昼下がり
明けやらぬ涼しさ蜩鳴く狭間の感傷
眩しい夏を素直に午後の風が抜ける
こころ寄り添う仄暗い朝の雨音
降る雨に薔薇は散って更にバラ色

◇阿川花子
鴎一羽二羽次々飛び立つ何か察知したのか
(帰船待つ魚河岸)
夏服上下の色合せの哀し過去の感覚
この齢のつい縦結びになる指の癖
あんな事こんなこと詰込んだこの壷
浦島のように箱の中から昨日の暑気が

◇前田佐知子
ようやく登りつめた丘の白い夾竹桃の花
日曜には何かある異例なる猛暑
ほどよくできて目玉焼起きてこない
酷暑何も鳴かない二時の昼さがり
昼 唐辛子の青を焼いて食べよう

◇天野博之
真珠貝で掘り君と埋めた処暑の夕日
女ごころのルビの振り方犬に聞く
やあ暫く話さておきまあ一杯
炎天仰向けで懺悔する蝉の骸
展翅した魅惑の紫は念願の蝶

◇幾代良枝
厨の窓は風と凌霄花の小さなお祭り
魂のようなボールがひとつ夜ふけの
炊飯器がつぶやき始めた一人分の食事
別れ際のジャンケン病人に勝ってしまった
もう歌えない君の愛唱歌はがんばろう

◇三好利幸
地下に潜む壊れた映画館へと
思慕する砂利道農婦の影呑む
ノウゼンカズラだらけだ翳る町
青葉いりみだれ少女風と交わる
あの日の事の釘伝い来る雨

◇増井保夫
俺の人生しけもくでもちょっと火がついとる
少年の頃の森いま山百合はいない
鳥瞰図で生きる町モグラで生きるんだ
アンデルセンは焼肉が好きだった
いらんこといわんがいい人生まっしぐら


☆凌霄花:ノウゼンカズラ

※異体字は勝手ながら変更しました。例えば「蟬」という字は環境によっては表示されないため「蝉」としました。

2011年7月24日日曜日

きやらぼく2011/07


◇藤田踏青
見下ろしている字余りの肖像画
でっち羊羹 暗い処でよく売れる
音楽室をのぞき見る受験生ブルース
情念の手鏡 閉じられたまま
生命線傷つけてみるハウス育ち

◇中村真理
筍や姑の味母の味
友と観る映画の相談半夏生
逢えぬ日の妻と頬張る豆ごはん
合歓の花妻を抱きつつ君を恋う
七夕やあなたの味の飴が欲しい

◇谷田越子
爪先立って心並べ変える風の余裕
不機嫌な空を閃いた言葉思い出せない
振り向けば隠れてしまう月の裏道
過去の何処かを電車が通り過ぎる音する
指で弾けば夜空へ昇った少年のビー玉

◇山本弘美
向日葵八本シンプルな夏至
ひとは愚かで貴くはかない生き物です
魂を背に乗せて蜻蛉どこまで飛ぶか
聖と愚あわせもち地球上の幾十億
枯れるから散るからいとしい花も人も

◇後谷五十鈴
鬱々と山も空をも閉ざした雨期
猛々しい夏の陽射しを影のない風景
難しい世を生きて蔓草小さな花もつ
蛍を待ち窓の灯りも消しておく
梅雨明けの空碧くまやかしの鱗雲

◇阿川花子
何もせず留守番一日が不思議のはやさ
酒房出て六月の十九時を白夜と言う酔
「ゆく処なし」なぜにか思う暮れ切らぬ外
薬変更と朱筆の薬袋の気になる期待
梅雨の潤いか硬い爪難なく切れていく

◇前田佐知子
杏酒ほんのりと三年目のべっこう色
梅雨真っ只中を乾いてゆくどくだみ草
剥ぎたての岩牡蠣冷して青紫蘇とちょうどいい
雲の流れが面白い寝ている位置
二週間早い梅雨明けとゆうカボチャの花

◇斎藤和子
想う人心美しく上弦の月の輝やき
戦は地球の病か今日も何処かの国で
幸子と呼んでも答えなく遠い空の星
珈琲飲んでも一人妹逝ってから一人
やっと起きました妹よどこから見ている

◇天野博之
人生に栞挟んで続きはあの世で読むことに
どうしようもない己れという生き物脱いでみる
罪の意識は冷蔵庫に入れっぱなしのそれっきり
脳中の子午線手をつないで君と渡ろう
熟れたトマトを握りつぶす醒めた不愉快

◇三好利幸
大山黝く一筋雲刷く
掌にこそと頂く月の円さ
炎天暴々草刈機の意思
赤丸熟れて画面炸裂
老女入水参道補修中

2011年7月10日日曜日

「銃を磨く男 蔵岡弘之自由律俳句集」発行

「銃を磨く男 蔵岡弘之自由律俳句集」きゃらぼくの会発行
 800円。希望者は 電話0858-22-2441 同会まで。

 以下日本海新聞2011年7月9付記事より

 「すずしく我を見る死んだ子の写真を直す」「妻が死にその娘と歌をうたっている男」
 突然、子に先立たれ、病む妻をみとり、その哀歌がやるせなく突いてくる。表出された静かな言葉は、読むがままに読む者の心を揺すり、さいなんでくる。
 「鉄の梁の上でずぶ濡れの軍手をしぼる」「息もつかず働き激しく頭を行き交うもの」
 悲しさを胸深く押し沈め、まるで何事もなかったかのごとく、がむしゃらに、しかし淡々と働き続ける男の姿を見る。
 これが、自由律俳句だ。萩原井泉水が『層雲』で提唱し、尾崎放哉、種田山頭火など幾多の俳人を生んだ自由律俳句100年の流れだが、鳥取県中部の地においても、『層雲』に沿った俳誌『ペガサス』『梨の花』『きやらぼく』と続く脈々とした流れがある。
 ふとしたきっかけでその流れに出合った作者が、4年間に詠んだほぼ全ての句、469句をまとめたものが、『銃を磨く男 蔵岡弘之自由律俳句集』だ。一つ一つの句を味わっているだけでは知りえない深いものがあることに、句集として読んであらためて気付く。それは、放哉や山頭火とは異なるが、これも自由律俳句であり、自由律俳句なればこそ詠み得た世界であるともいえる。
 作者の蔵岡弘之氏は、羽合町(現・湯梨浜町)橋津で鉄工所を営んでいた。その人生にはつらく痛々しいものがあったのだが、普段人に語ることはなく、だからこそ自由律俳句を知り得てからは、心の空隙を埋めるがごとく一文字一文字を連ねていったのではないかと思われる。その言葉は平易であり、見詰める視線は鋭く冷徹でたじろがず、しかもいとおしさと優しさも同時に持っている。さながら、引き金を引かない銃の照星と照門を磨き続け、時折じっと獲物を見詰める漁師のまなざしを思わせる。
 「人には会いたくないもう誰もくるな」「病院の深夜の灯が患者の命吸い上げる」
 やがて人生のつらさは自らががんに侵されるに到るが、そこでもなお冷徹でたじろがない視線でいようと悶える作者の姿は、殉教者の姿とも重なり合っていくかのように見えてくる。
 亡くなって14年目の句集出版だが、ぜひ手にとっていただきたいと思う。必ずや胸を打つものがあると信じている。
 三好 利幸 (『きやらぼく』会員)

2011年6月26日日曜日

きやらぼく2011/06

◇藤田踏青
松枯れ続き日本というデッサン
硝子体の中で踊っているピエロ
影を刻みひっそりとキリシタン灯籠
残雪を象嵌している北アルプス
生命線を回収し尽した薬の紙

◇幾代良枝
紺碧の海沿い走らせ浮雲に心寄せる
病人うつろに手をかざし握れば振り払う
雛に餌をやらないカナリヤの仄かな体温
不慣れな筆談迷走し痛い体で君は笑う
夕闇車窓が映す私の人生の一シーン

◇斎藤和子
妹の五十日祭は一人で青葉の中(妹逝ってからの五句)
散るは淋しき妹よきれいに散っていく
妹逝って訪れる人もなく今日も暮れる
この心わかってくれたのは夕暮れの妹の顔
茶碗の音響くだけ妹逝ってからの独り言

◇三好利幸
いるかとふりむき足音のある
ひとり躓いては白日に欺かれ
少女瀝り崩れ行く石段
切れ切れと悲憤の泥に埋まる
たじろいで青黒き街角にいる

◇阿川花子
試行錯誤へ指の表情がちらちらする
空の空に鳶の輪かレーザー治療室の窓
今日の禍も昨日になった夜半に降る雨
子の年齢が追いかけてくる速さ
うぶすな神が被災地の瓦礫に立ち給う

◇中村真理
はなみかん猫とちょうちょの通る庭
梅雨晴れやマドレーヌ色の猫の鈴
梅雨冷えやおエライさんの決めた事だよ
あの頃はコレで障子に穴あけた
カレシよりペットが大事さくらんぼ

◇山崎文榮
磯の松の芯しんしんと蝶を見うしなう
道路がまがっていて海岸の白い花
漁夫ひたすら沖へ沖に魚場がある
大根おろしちりめん雑魚の小さな眼
月のひとりゆく老女の小さな夢

◇前田佐知子
時には軍歌口元に昭和一桁の私
熱い味噌汁がいいすっぽり梅雨の中
テレビ情報少しづつ途絶え空豆の皮をむく
メモした買物山に押し体快調
梅雨の快晴心ちよく一日生涯とゆう

◇山本弘美
花の終わった鉢を外へ風が微笑む
古切手集める友にメールで詫びをする
ひとを変える母をなくすということ
妹とだけ通じる思い出し笑いのいとおし
よたよたとそれでも生きてゆく靭(つよ)さ

◇谷田越子
青葉のしずく思い出が降りてくる
水音青く爽やぎ風の終点に座る
太陽の視線柔かに花みずき染まる過程
速達便で運ぶ愛をツバメの嘴
空の議題多く雲はいつまで会議中

◇後谷五十鈴
寄り添い這い上がる青い繁み
記憶の断面をバラが開く空間
孤独な郭公が啼く彼方の恐音
束縛を解き透明な風と遊ぶ一日
鳥と猫とバケツ一杯の花殻摘む

◇天野博之
満身に光を放ち記憶の冥さかき分ける
私ではない私を残し無言で出ていく
無表情な男を見つめ鏡の向こうの男が笑う
やがては羽化し大志果てなき大空へ
待ち合わせ蛍になって闇の道行き

2011年5月22日日曜日

きやらぼく2011/05

◇山崎文榮
池が一面月をうつし月夜の彩となる
長い影を今日が終わる煙突のけむり
雨の日洋菓子作ってくれ孫のやさしさ
丘から街え虹がパントマイムな小人達
ベランダの花から花へ暫く三面鏡はなれず

◇藤田踏青
アルカリ性でゆれてゆくサンローラン
性善説があって私生児が居て
掃き寄せられた哀愁の、その一、そのニ
登録抹消されてしまった我が鬣(タテガミ)
透明な遺書残し空飛ぶカタツムリ

◇阿川花子
妖怪ブームの港町に彼の好きな風の図書館
今日の薬飲み終え幸せとしたいと思う
私にパワーがそんな期待がほんの一日
闇に瞬かず老の日常を整頓している
四時には明けた術後の思い懐かしむ

◇後谷五十鈴
咲いて散華する空のしろい風
凋落する春を遮蔽して黄砂
この焦燥感桜の実青く茂る
移ろう夏に著莪の白い群生
癒えない傷空に銀色の航路

◇山本弘美
悲しむ暇すらないかなしみに立ちすくむ
あまりに貴いものが喪われ慟哭を呑む
掌ほどの温かさ上を向いて歩こう
はにかむ月を花蘇芳が包みこみ
ちょっと下向きガーベラが口実を探す

◇増井保夫
気色ばんで放射能見に行こうと言った男の眼
般若か小面か真顔が好き
木洩れ日に住む男いつ仙人になるのか
仔猫両手に掬い取るしあわせ
日溜りで毛糸編みこの女何織り成すか

◇前田佐知子
はりさけそうなふとい魬を昼の刺身にしよう
パンパンにはったお乳に吸いつく生後四十日
母となったみづみづしさを命の絆
まだ見えて見えないような明るさを追ってゆく
私には聞えない雉(きじ)が鳴いているという朝

◇谷田越子
こころ置いて帰る花びらは川面に暮れる
春の玉葱さくさくナイーブな白い形
聞こえない素振りの話したくなく雨音
駈け寄って少女のような頬に触れる
回れ右して決心できずさらに回れ右

◇三好利幸
骸負い何故廃墟に高笑い
ここにこうして零れくるもの
抗する少年と臆するは母と
少年伸び上がり校庭影なし
横切る夜の蟻の腹藍色に

◇斎藤和子
ひと筋の雲妹逝ってからの心空洞
涙流れて止まらないこの涙の意味
一気に涙流してしっかり暮らせと
とうとう一人になった私は九十歳
顔見て行くと言ってお骨で帰ってくる

◇天野博之
歯触りが季節教える夕餉の皿
君のメールさり気なく薔薇の香りが
少年のこころがにじむ机の落書き
それでもと隙間に生えて春の陽浴びる
眼鏡光らせ真実への坂道自転車をこぐ

◇幾代良枝
空に掛けた花房の潜れば皆優しく
居心地の悪い春にせめて一時を輝く
長い念佛に本堂の古時計も唱い出す
幾つもの試練を空から母が見ている
春寒く明り落としたホームに月も降りる

2011年5月6日金曜日

出版記念の集い

 去る5月1日、「蔵岡弘之自由律俳句集出版記念の集い」がはわい温泉「東郷館」で催されました。
 総勢20数名。蔵岡さんの思い出など話しながら楽しい時間を過ごしました。

2011年5月5日木曜日

きやらぼくの会とは

「きやらぼくの会」は三好草一先生等、数名の有志で鳥取県倉吉市で始まりました。しかし、残念なことに去る2003年12月草一先生は不帰の人となられました。
草一先生が亡くなられる2年前に書かれた文章を通して会の成り立ちと歴史を紹介します。

2011年4月24日日曜日

きやらぼく 2011/04



◇前田佐知子

プール陽に映えてガラスに大夕焼

一斉に咲いてラッパ水仙お日さまと笑う

まんじりともせず明けて冷たい春の温度

真っ白なタオルで磨きトイレの神様

春陽のこぼれしっかりもらい洗濯もの干す



◇藤田踏青

声も涙も削り去り この切断面

原発崩壊 黙示録がかすんでゆく

受取り人がいない斜めの郵便受け

あたたかいものに満ちる両手と人語

蒼い蛇が横たわっている三陸海岸



◇中村真理

ストーブの炎かすかな薄眠り

なごり雪都会の男(ひと)のうすなさけ

春火燵叱られたくて煙草すう

はるうれいビーズのかけらおよそ百

うららかや貴男と私が生まれた四月



◇阿川花子

凄惨な被災地に誰が雪を降らすのか

テレビに映る惨状に眼も唇も乾く

「神々の黄昏」の章を想起する我が終焉近く

地も空も汚染の報が今日一日尽きなく

なのに雪の様な花が足許に震災十日目



◇谷田越子

月の雫で完成する桜襲の恋文

咲いて愛しく桜散りゆく時は尚更に

逢える予感の小さな春を買う

苛立ちはほどいても縺れる雪柳の糸

生と死の狭間くぐり抜け生き抜く力(被災者)



◇後谷五十鈴

ひしひし迫るもの陽は朧に地に堕ち

満開の幻相今年の不遜な花の無情

異国の戦場か脆弱なこの世に降る雪

巡りくる春の拙さ曝すその中に棲む

心許なく生きて竹林春の嵐が騒ぐ



◇増井保夫

話は伸ばせ仕事はあした今日は飲む

シャッター通り閑散と僕の心は隙間風

昼酒飲んで一人佇む

夕暮れの大山に赤い雪一人気色ばむ

鶏小屋で寝る鳴き声で起きる朝



◇三好利幸

春揺れ般若の面は背中で

誰も無く裏道抜ける足音

断ち割って侵し来る風のにおい

警鐘跡絶ち白煙の涯

人群悲しく少年壊れた家へ



◇山本弘美

ヒトの想定押し潰す邪神の嘲笑

逃げ場は空だけひとに翼があったなら

何を言っても空虚な画面の中の地獄

優しさと偽善の区別さえ微妙な掌

何か出来ることをひとの心の小さな芽



◇天野博之

蕾を脱いだ木蓮の裸体にコンテ走らす

恋のめまいに足が縺れて真っ逆さま

淋しくばこの手握れと腕切り落とす

閃き呼び合いパズルつながる男と女

蜜蜂の羽音に合わせ春うねり来る